2004年に廃校となった世田谷区立池尻中学校を再利用。次世代モデルの廃校跡地再生プロジェクトとしてスタートした「 IID(Ikejiri Institute of Design)世田谷ものづくり学校」は、開設以来、常に地域との関わり方や新しい働き方を考え、実践できる場を提供してきました。その歩みや、現在、注力していること、そして本校の未来像について聞きました。

ものづくりで“産業振興”と“地域交流”を繋げる

少子化による児童数の減少に伴い、各地で公立学校の統廃合が進行。あれだけの規模の建物を取り壊すにも莫大な費用が必要となるため、それを管轄する行政にも大きな負担が強いられているという問題が発生しています。2002年に同様の事態に直面した世田谷区が選択したのは、廃校となった旧池尻中学校の校舎の再活用、しかもその活用法のアイデアづくりはもちろん、運営そのものも民間に委ねるという画期的なものでした。

「区としては、“世田谷らしい産業”を育成する場所として活用したいという思惑があり、そのうえで地域住民の意見を収集。高齢者向け施設であったり、公民館であったり、地域の人々の役に立つ施設にするべきという意見があがっていたといいます」というのはIID(Ikejiri Institute of Design)世田谷ものづくり学校(以下:世田谷ものづくり学校)を運営する株式会社ものづくり学校・広報の大前敬文さん。世田谷区はそれらの青写真をカタチにすべく民間のパートナーを求め、街の再開発を手掛けていたコンサルティング会社にもオファーを入れたのだといいます。

「現在の当社の親会社にあたる、その不動産コンサルティング会社は、業務の性質上、それまでスクラップ&ビルドを繰り返してきました。そのアンチテーゼとして、“現在、そこにあるものを活かす”ことの意義について考えてみたいと、世田谷区との間で思惑が合致。“産業振興” “地域交流” “観光拠点化”といった3つのミッションを掲げ、仕事場、遊び場、学び舎をミックスした世田谷ものづくり学校運営の提案を行い、採用となりました」(大前さん)
当時は、民間が行政の建物を借りて運営するという事例はまだ珍しく、都内では前例のないことだったといいます。

「しかも、区から補助金を受けずに独立採算で運営。しかも用途はあくまで学校ですから、公共的な色合いが強く、営利を目的としてはならないというルールもありました」(大前さん)
さらに、今でこそ、シェアオフィスやコワーキングスペースという概念は認知されるようになっていますが、当時はこちらも前例のないこと。しかも、そこに“地域交流”という、一見、“仕事”と親和性の低そうなミッションも併せて運営する必要があったため、最初から最終形態を規定せず、少しずつ形を変えながら、最適解を見つけていったのだといいます。
「第一期目に当たる5年間は、どちらかというとクリエイターのためのエッジの利いた場所としてのカラーを打ち出していました。スタイリッシュでアカデミックなイベントを開催してマスコミから注目を集め、周知度は上がったのですが、その一方で、地域の方々との間に距離ができてしまいました」(大前さん)

二期目に突入した時点で方向性を転換。もっと地域の方々に寄った運営をしていこうと、親しみやすくリーズナブルなワークショップなどを展開していったのだといいます。その結果、一部のクリエイターから疑問の声があがることもあったのだとか。

「三期目に入った現在、それらのバランスをうまく図りながら、“ものづくり”というキーワードで、“産業振興”と“地域交流”を繋げています。例えば、入居している企業様がここでイベントを実施して、子どもたちにクリエイティブの喜びを体感してもらったり、逆に地域の方々にモニターになっていただいて、それを製品開発にフィードバックしていくという例も生まれています。この世田谷ものづくり学校という場所で仕事と遊びと学びがミックスされたことで、地域住民はもちろん、入居している事業者にもメリットが生じています」(大前さん)

“FabLab”から生まれる新たな交流

さらに、現在は産業振興にも注力し、事業者向けのイベントも開催。現在、入居する企業は49事業者に上り、しかもグラフィックデザイナー、Webデザイナー、建築士、飲食プランナー、木工業者、印刷会社など、広義の“ものづくり”に関わる、多彩な顔触れに。それらの事業者の中で協業も生まれるようになっているといいます。また、“いずれ起業後にはこの世田谷ものづくり学校に入居したい”という個人事業主や創業者予備軍がコワーキングスペースを利用。地域住民、事業者など、あらゆる壁や立場を超えた交流から、新しいムーブメントが生まれようとしています。

「私たちが、施設内に “FabLab(ファブラボ)”を開設した理由は、“ものづくり”というキーワードであらゆる人を繋いでいくHUBになりたいという思いが根底にあるからです」というのは同社の企画担当・石塚和人さん。“FabLab”とは、3Dプリンタやカッティングマシンなど多彩な、最新鋭の工作機械を備えた場所であり、世界的に展開されている市民工房のネットワークを指す言葉でもあります。共通の機材を取り揃え、有料利用だけでなく無料で地域市民に開かれた場であるなど、Fab Charter(ファブラボ憲章)の理念に基づいて運営されていることが条件になっているのだとか。

「ハードを設置しているだけではなく、使い方やノウハウもシェアできるし、学びを促進する講座も実施しています。またネットワークを活用して、自分が制作したデータを世界中でシェアできる。これまで特定の人しか対応できなかった技術が解放され、そこから新しいものづくりや利用法が生まれてきます」(石塚さん)
もちろん、この“FabLab”は事業者のみならず、地域住民にも開放されています。学校の課題に取り組む高校生や大学生、あるいは会社をリタイヤした高齢の技術者が趣味の一環で訪れることもあるのだとか。そこから多世代交流が生まれることもあり、多職種、多世代の人々が交差することで、新しい可能性が生まれていくのだといいます。これは世田谷ものづくり学校という独自性を持った場所だからこそ可能な化学反応といえます。

「現在、この“FabLab”に限らず、施設全体で年間700件のイベントが開催されています。それを外部パートナーや世田谷区の助けを借りながら、4名の企画チームで運営しています。もちろん、私たちが企画するものだけではありません。地域の方々から自然発生的にアイデアが生まれ、中にはしっかり企画・運営をしてくださる方もいます。入居している企業様も主催してくださいます。私たちは、この世田谷ものづくり学校の管理者としてそれらをしっかりサポートしています」(大前さん)

世田谷の街が大きく変わっていく

ここ世田谷ものづくり学校を中心に立場や年代を超えたあらゆる人々が繋がっていく。驚異的ともいえるその、“スペースとしての求心力”の正体はいったいどのようなものなのでしょう。

「それは学校が持つ力だと思います。内装は“Rする”というコンセプトでリサイクル、リシンク、リデザインといった「Re(再生)」を意識。学校そのものの雰囲気を活かそうと廊下や水場を残したりすることで、大人の人は懐かしさを感じ、子どもは今通っている学校にはない新しさ、楽しさを感じるのではないでしょうか」(大前さん)
開設から13年が過ぎ、世田谷ものづくり学校がここまで取り組んできたことが、静かにしっかり地域に浸透しはじめているといいます。ものづくり学校の元スタッフが近隣に商店会を立ち上げたり、世田谷区を巻き込んで大きな市民イベントを開催する例も生まれているのだとか。 「この世田谷ものづくり学校というスペースだけでは限りがありますからね。理想を言えば、シリコンバレーのような街をつくっていければと考えています。そこまでいけば、 “世田谷らしい産業といえば「ものづくり(クリエイティブ)だよね」”と、堂々と言えるのではと思っています」(大前さん)

現在は新潟県三条市にも拠点を置き、他の地域と繋がることで新しい何かが生まれるのではと期待しているといいます。
「私たちのような理念を持つ企業や施設とも連携し、お互いにノウハウをシェアしていきたいと思っています。ウチが何かを独占しようなんて考え方はありません。どんどん繋がっていくことで、新しいものを生み出していく可能性が生まれていくと思っています」(大前さん)

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株式会社サイル 代表取締役社長・栗原康太より

サイルは60以上のコワーキングスペース・協会などのコミュニティと提携していますが、コミュニティの素晴らしさは「仕事」だけに留まらず、「遊び」や「学び」、「交流」などの生活に関わることまで内包できることだと感じています。
昨今、ワークスタイルの変革が叫ばれていますが、ワークスタイルを考えるには、必然的に遊びや学び、交流なども含めたライフスタイルを考える必要があります。 これからの働き方や生き方を考える上で仕事場、遊び場、学び舎が融合している世田谷ものづくり学校さんの取り組みは多くの示唆を与えてくれます。

サイルを通して、より自分らしく生きるための仕事をもっと増やしていこう、と気持ちを新たにした取材でした。